瘢痕・ケロイド研究室
われわれの瘢痕・ケロイド研究室は、傷跡(きずあと)で悩む患者さんを1人でも減らすために、下記のことに全力で取り組んでいます。
※傷あとができる機序を解明する。
※傷あとが目立つ状態であるケロイド・肥厚性瘢痕の発症機序を解明する。
※傷あとが引きつれた状態である瘢痕拘縮の発症機序を解明する。
※傷あとを予防する効果的な方法を開発する。
※傷あとを治療する効果的な方法を開発する。
本研究室は「目立つ傷あと」ができるメカニズムから治療法までを研究しています。具体的には、ケロイドや肥厚性瘢痕、瘢痕拘縮といった病態の発症機序を解明し、治療については日々データを取りながら情報収集・分析をしています。今までわれわれの研究でわかってきたことを解説します。
皮膚は、表皮、真皮乳頭層、真皮網状層の3層構造になっています。ケロイド・肥厚性瘢痕は皮膚の深い部分である真皮網状層が傷ついたり炎症をおこしたりすると発症します。皮膚を全層で切開するほぼすべての手術や、ピアッシングはもちろん、強い炎症を起こすBCGのワクチン接種やにきび(痤瘡)なでも発症することがあります。逆に言えば、浅い擦り傷からはケロイド・肥厚性瘢痕はまずできません。しかし傷が浅くても、感染をおこしたりして炎症が深くに及ぶとケロイド・肥厚性瘢痕を発症する可能性があります。速やかな治療が大切です。ピアスの穴の繰り返す炎症などからも発症しますので、ピアスをつけたまま寝たり、刺入のたびに傷つけてしまわないように気を付ける必要があります。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28287424
われわれのコンピューターシミュレーションを用いたケロイドの解析で、ケロイド・肥厚性瘢痕・瘢痕拘縮はよく動かす部位にできやすく、ケロイドは引っ張られる方向に大きくなっていくことが判明しました。腕を動かすことで引っ張られる前胸部や、座ったり立ったりすることで引っ張られる腹部などが代表です。引っ張られるとなぜ傷が悪化するか、現在研究が進められていますが、傷や炎症をおこしている部位が引っ張られることにより、血管透過性が亢進して、さらに炎症が起こりやすくなることが考えられています。胸やお腹にケロイドがある人は、ジムでのトレーニングや、腹筋などは悪化要因となります。また強い力のかかる関節の部位では、ちょっとした傷でも炎症をもちやすく、肥厚性瘢痕から、やがて瘢痕拘縮という引きつれた状態になる可能性がありますので要注意です。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18362577
日本医科大学付属病院のケロイド外来を訪れた患者さんのデータを解析したところ、自然に発生するように見えるケロイド(多くは毛包炎やにきびから発症します)の約50%は前胸部から発生することがわかりました。すなわち、全胸部ににきびなどができたときは早めの治療が大切です。
参考文献https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22332721
日本医科大学付属病院のケロイド外来を訪れた患者さんのデータを解析したところ、頭のてっぺん(頭頂部)・向こう脛(前脛骨部)・まぶた(上眼瞼)にはほぼケロイドができないことが判明しました。頭頂部や前脛骨部は、皮下に骨があり、日常動作で皮膚が引っ張られない場所です。また上眼瞼は強く開眼しても閉眼しても、皮膚はたるんでいて、張力がかからないことがわかります。これらの部位のけがや手術では、あまり傷あとを気にしなくて良いということがわかります。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22332721
日本医科大学付属病院のケロイド外来を訪れた患者さんのデータを解析したところ、女性の方が男性に比べて3倍近いケロイドのリスクがあることがわかってきました。女性の方が見た目を気にして病院を多く受診するからではないか、という疑問を解消するために、小児期にケロイドを発症して病院を受診した人たちのデータも解析しています。小児期はむしろ男児の方がけがで病院を受診している人の方が多いのですが、ケロイドを発症するのは女児の方が多いことが判明しました。その原因が女性ホルモンなのかどうかについては現在も研究が進められています。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31586308
日本医科大学付属病院のケロイド外来で治療された患者さんのデータを解析したところ、ケロイドの数が多い患者さんや1つ1つのケロイドが大きい患者さんでは、高血圧を罹患している率が統計学的に高いことが判明しました。高血圧になるとなぜケロイドが悪化するかについては現在も研究が続けられていますが、血管内皮機能が低下することがその一因である可能性があります。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25728259
日本医科大学付属病院のケロイド外来で治療された患者さんの血管内皮機能を計測したところ、若い頃にケロイドを発症した患者さんでは血管内皮機能が低下していることがわかってきました。たとえば皮膚にある末梢血管の血管内皮機能が低下すると、皮膚の炎症を制御しにくくなり、慢性化することが示唆されます。血管内皮機能は高血圧や糖尿病で悪化することが知られています。糖尿病の素因があるとケロイド・肥厚性瘢痕はなかなか治りにくくなります。血管内皮機能が低下すると、目立つ傷あとができやすくなる、と言えるかもしれません。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29240273
サイトカインには炎症を強くするようなIL-6などのサイトカインがあります。これらが血中に増えるとケロイドなど悪化することがわかってきました。
参考文献https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28607862
ケロイドに特徴的な組織像は、硝子化した太い膠原線維です。これはケロイドに特異的なのでKeloidal Collagenとも言われます。長い間この膠原線維は、炎症のなれの果て(単なる結果)と考えられてきましたが、われわれの詳細な組織像の解析から、この膠原線維は血管周囲から、しかもケロイドができはじめるかなり初期から発生してくることがわかってきました。現在ではケロイドは血管系の異常、血管周囲の細胞の異常が関与している可能性が考えられています。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28467018
ケロイドがたくさんできる患者さんは血管の機能が低下していることが示唆されますが、皮膚の血管だけなのか、すべての血管の問題なのか、というところが疑問です。ケロイドが全身にあるケロイド患者さんの血液を流れる、血管内皮前駆細胞という血管形成・新生に関係する細胞を解析したところ、血管形成・血管新生の機能はほぼ正常であることがわかりました。これらの結果から、どうも皮膚にある局所の毛細血管レベルでの機能低下がある可能性がわかってきました。
参考文献https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31290139
目立つ傷あとがある患者さんの中には、子供のころからたくさんケロイドができる方と、大人になってから手術や大けがなどをした際に初めて目立つ傷あとができる人とがあります。もし血管系の機能低下が原因であるとすれば、生まれつき機能低下がある人と、傷の状態がよほど悪かったり、高血圧や糖尿病といった要因で二次的に血管がダメージをうけて機能低下となった人がいる可能性があります。もう少し原因がはっきりしてくれば、一次性ケロイドと二次性ケロイドという分類が可能になるかもしれません。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27959277
日本医科大学付属病院のケロイド外来で治療された患者さんの血液の中の細胞を解析したところ、炎症の強いケロイドを有している患者さんでは、ゲノムのNEDD4という遺伝子を構成している部分のrs8032158という領域に違いがある人が多いことがわかってきました。しかし、この領域がどういう機能をしているのかはまだわかっていません。
参考文献https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24496234
現在日本では、強い効果のデプロドンプロピオン酸エステル製剤(エクラー®プラスター)と、やや弱い効果のフルドロキシコルチド製剤(ドレニゾン®テープ)の2種類のステロイドテープが利用できます。大人は強い効果のテープが第1選択となります。今あるケロイド・肥厚性瘢痕がどのくらいの期間かけて大きくなってきたかという経過にもよりますが、半年から数年使用することで多くのケロイド・肥厚性瘢痕は平坦化します。目をつぶって触ってもそこにケロイド・肥厚性瘢痕があるかどうかわからないくらい柔らかく平坦化したら、赤さが残っていても貼る頻度を減らしていきます。すると赤さが徐々に薄くなり、最終的には肌色に近い傷あととなり、目立たなくなります。テープは基本的に毎日貼り替え、できるだけ正常な皮膚につかないように切って使用します。赤いからといってテープを貼り続けてしまうと、皮膚が薄くなりすぎ、逆になかなか赤さが引かなくなりますので要注意です。またこれらのテープは薬がついていますので、できるだけ正常な皮膚につかないように、ケロイド・肥厚性瘢痕の形に切って使います。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29799565
ケロイド・肥厚性瘢痕に対するステロイドの注射(ケナコルト®)にはコツがあります。硬いところに直接薬を注射するのでは、圧が高まって痛いだけでなく、薬液が入らず十分な効果が得られません。注射は局所麻酔薬と混ぜ、できるだけ細い針を使い、周囲の柔らかい部分から少しずつ注射することで痛みをかなり軽減できます。注射は1ヶ月-3ヵ月に1度程度で十分な場合が多く、普段はステロイドテープを使うことで、効果を維持できます。ステロイドテープが上手く使えると、注射は数回だけであとは不要になる場合が多いです。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31890718
シリコーンジェルシートをケロイド・肥厚性瘢痕に貼ったとき、どのような効果があるかコンピューターシミュレーションで研究したところ、ケロイド・肥厚性瘢痕の周囲にかかる力が減弱して力がシリコーンジェルシートの端に移動することがわかりました。すなわちケロイド・肥厚性瘢痕をしっかり覆えるくらいの大き目のシートを貼ることで、ケロイド・肥厚性瘢痕にかかる力を減弱して炎症を軽減する作用があることがわかりました。
参考文献https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18362577
手術をした場合、どのくらいの線量の放射線を、どのくらいの期間照射することが適切かどうか、様々な検討を行ってきました。その結果、張力が強くかかる前胸部や肩甲部などにはZ形成術を行い、18Gyを3分割して3日間の照射、耳垂では楔状切除を行い、8Gyの1回照射、その他の部位には15Gyを2分割して2日間照射することで、再発率を10%前後まで低下させられることがわかってきました。手術の工夫と、放射線治療の最適化が治療に大切です。
参考文献https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31840001
ケロイドを切除して縫縮できない場合は、周囲の皮膚を切ってパズルのように皮膚を組み合わせて傷を縫い閉じる皮弁という手術を行うことができます。ただし、術後に放射線治療は必ず必要になります。
参考文献https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27757357
炎症が強いケロイドには手術と放射線治療、炎症が弱い肥厚性瘢痕には張力を解除するZ形成術、張力が強くかかることで生じる瘢痕拘縮には局所皮弁や植皮術、炎症はなくなったが目立つ成熟瘢痕に対してはW形成術といったように、各病態に合わせて適切な手術方法を選択することで、目立たない傷あとにすることができるようになってきました。
参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30891462
ケロイド・肥厚性瘢痕を保存的に加療し、隆起や硬結は改善したがまだ赤さのみが残っている場合、血管の数を減らすレーザーが使用できます。Nd:YAGレーザーや、Dyeレーザーなどが使用されています。ただしこれらには現時点で健康保険を適用して加療することはできません。
参考文献https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25587506
ケロイド・肥厚性瘢痕でも大きいもの、複数あるものでは、体全体の炎症反応が強い状態であり、またケロイド・肥厚性瘢痕には肥満細胞が多くあるため、ヒスタミンによる痒みを生じます。よって各種抗アレルギー剤、またトラニラスト(リザベン®)、さらに重症の場合ステロイドが含まれた抗アレルギー剤などが使用することで症状が改善することがあります。
参考文献https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31890718
小川令(おがわれい, Rei Ogawa, M.D., Ph.D., F.A.C.S.)
https://sites.google.com/view/rei-ogawa-jp
略歴
1999年 | 日本医科大学卒業 |
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1999年 | 同大学 形成外科入局 |
2005年 | 同大学 大学院修了 |
2005年 | 同大学 形成外科 助手 |
2006年 | 日本医科大学 形成外科 講師 |
2006年 | 同大学 付属病院 形成外科・美容外科 医局長 |
2007年 | 米国ハーバード大学ブリガムウィメンズ病院形成外科研究員 |
2009年 | 日本医科大学 形成外科 准教授 |
2009年 | 同大学付属病院 形成外科・美容外科 医局長 |
2013年-現在 | 東京大学形成外科客員講師(兼任) |
2015年-現在 | 日本医科大学 形成外科 主任教授 |
土佐眞美子(とさまみこ,Tosa Mamiko, M.D., Ph.D.)
略歴
1992年 | 日本医科大学医学部卒業 |
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1992年 | 日本医科大学形成外科入局 |
1993年 | 日本医科大学付属病院救命救急センター研修 |
1994年 | 日本医科大学付属病院皮膚科研修 |
1994年 | 船橋総合病院 外科研修 |
1997年 | 日本医科大学付属病院 形成外科 |
1999年 | 日本医科大学武蔵小杉病院 形成外科助教 |
2005年 | 学位取得 |
2008年 | 日本医科大学武蔵小杉病院 形成外科 病院講師 |
2012年 | 日本医科大学武蔵小杉病院 形成外科 講師 |
2018年 | 日本医科大学付属病院 形成外科 講師 |
2018年 | 日本医科大学付属病院 形成外科 准教授 |
2021年 | 日本医科大学付属病院 形成外科 特任教授 |
土肥輝之(どひてるゆき, Teruyuki Dohi, M.D., Ph.D.)
略歴2005年 | 日本医科大学医学部卒業 |
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2005年 | 日本医科大学付属病院初期臨床専攻医 |
2007年 | 日本医科大学付属病院専修医 |
2007年 | 日本医科大学形成外科入局 |
2009年 | 会津中央病院形成外科 医員 |
2009年 | 日本医科大学形成外科・美容外科 助教代理 |
2015年 | 日本医科大学大学院修了 |
2015年 | 東和病院 形成外科 部長 |
2016年 | 日本医科大学 形成外科 助教 |
2016-2018年 | 米国スタンフォード大学 形成外科研究員 |
2018年 | 日本医科大学付属病院 形成外科・再建外科・美容外科 病院講師 |
2019年-現在 | 日本医科大学 形成外科学教室 講師 |
赤石諭史(あかいしさとし, Satoshi Akaishi, M.D., Ph.D.)
略歴
2000年 | 日本医科大学卒業 |
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2000年 | 同大学 高度救命救急センター 入局 |
2002年 | 同大学 形成外科 入局 |
2005年 | 会津中央病院 形成外科 部長 |
2006年 | 日本医科大学 形成外科 助手 |
2007年 | 同大学付属病院 形成外科・美容外科 医局長 |
2009年 | 日本医科大学 形成外科 講師 |
2010年 | 米国スタンフォード大学 形成外科研究員 |
2012年 | 日本医科大学 形成外科 講師 |
2017年 | 日本医科大学 形成外科 准教授 |
2020年 | 日本医科大学武蔵小杉病院教授 |
青木雅代(あおきまさよ, Masayo Aoki, M.D.)
略歴
2002年 | 弘前大学医学部卒業 |
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2002年 | 同大学付属病院形成外科専攻医 |
2006年 | 日本医科大学 形成外科 助手 |
2004年 | 日本医科大学形成外科入局 |
2008年-現在 | 日本医科大学大学院形成再建再生医学 |
野一色 千景(のいしきちかげ, Chikage Noishiki, M.D., Ph.D)
略歴
2012年 | 日本医科大学 形成外科専修医 |
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2014年 | 日本医科大学 形成外科 助教 |
2019年 | 日本医科大学大学院修了 |
2019年-現在 | 米国スタンフォード大学 形成外科研究員 |
市野瀬 志津子(いちのせしずこ, Shizuko Ichinose, Ph.D.)
略歴
1971年3月 | 東京学芸大学・物理専修 卒業 |
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1971年4月-1991年3月 | 東京医科歯科大学 歯学部 歯科理工学教室 助手 |
996年4月-2017年3月 | 東京医科歯科大学 医歯学研究支援センター 助教 |
2017年10月-現在 | 日本医科大学付属病院 形成外科再建外科美容外科 非常勤講師 |